エリック・クラプトンの凄さと魅力|哀しみと引きかえに音楽と生き続けるブルースマン

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ロック好きな仲間と話していて気づいたのですが、わたしがまだビートルズをメインに聴いていた時は、ロック初心者として見られていたように思います。

でも「クラプトンを聴いている」と言うと、とたんに「なかなかやるな」とか「しぶいな」と、何となく格が上がったとような、一目置かれるような感じがしました。

 

この記事では「それはいったいどういうこと?」「なぜ?」という疑問を、自問自答しながら紐解いていきたいと思います。

 

ギターの神様、エリック・クラプトン

みなさんは「世界三大ギタリスト」って聞いたことあります?

エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジのことです。その昔、クラプトンは「ギターの神様」なんて言われていた時期があります。

1960年中半、クリームというバンドでクラプトンは一躍世界に名を馳せることになるのですが、クラプトンが「ギターの神様」と呼ばれたのは、クリームの一つ前のバンドでジョン・メイオールのブルースブレイカーズに在籍していた時期のことです。

日夜ライブでブルースを奏でていたこの頃、町に「Clapton is God」という落書きがあちこちに見られるようになりました。

でも、そのころに出した名盤『ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズ ウィズ エリック・クラプトン』は、クラプトンやブルースになじみのない人には、ブルース臭が強すぎて少し聴きづらいかもしれません。ジョンのボーカルも決してほめられたものではありませんし。。。

そんな中でキラリと光る曲が二曲あります。それが、若かりしエリック・クラプトンのギターインストゥルメンタル曲「ハイダウェイ」「ステッピン・アウト」です。

この二曲では、さすがギターの神様と思わせてくれるクラプトンのブルース・ギターが堪能できますよ。
そして、特筆しなければならないのは、この時のギターの音なんです。

この時クラプトンは、マーシャルアンプとギブソンのレスポールの組み合わせで奇跡の音色を生み出しました

図太くひずんだヘビーな音色は、今のロックギターの基本形ともいうべき音でした。
この段階でクラプトンはロックの発展に大きく貢献しているのです。

クリーム時代にも名演を残しています。
ヘビーなブルース「トップ・オブ・ザ・ワールド」(ライブ演奏)。

これはクリーム最後のアルバム『グッド・バイ』に入っています。この曲では、クラプトンのギターはもとより、ジャック・ブルースのベース、ジンジャー・ベイカーのドラムスがドスドス地響きを立てて迫ってきます。凄い迫力!

同じく『グッバイ』に入っているジョージ・ハリスンとの共作「バッジ」もなかなかいいギターソロが聴けます。ソロになってからも、クラプトンはこの曲をたびたびライブで演奏しています。

 

そして、何といってもクリームの素晴らしき世界』に入っている「クロスロード」(ライブ演奏)。

この曲でもさすがギターの神様と思わせてくれるクラプトンのギターが炸裂します。
この演奏で、ロック・ファンを「クラプトンはやっぱすげ~!!!」と唸らせたのです。

確かにこの曲でのクラプトンのプレイは素晴らしいの一言につきます。
間(いわゆるタメ)の取り方、リズムに合わせるタイム感が絶妙です。

もう鬼と言っていいくらい。必聴です!

 

クラプトンとの出会い

クラプトンの名を世界レベルにまで押し上げたのは、、、まぎれもなく伝説のグループ「クリーム」ですね。

でも実はわたし、初めてクリームを聴いた時はそんなにすごいとは思いませんでした。

当時、ビートルズをメインに洋楽を聴いていた私が初めてエリック・クラプトンと出会ったのは、アナログ・レコード『ヒストリー・オブ・エリック・クラプトン』というアルバムでした。

このアルバムは、ヤードバーズ時代からクリーム時代、ブラインド・フェイス時代、初めてのソロ・アルバム『エリック・クラプトン』までの足取りを追った感じコンピレーション・アルバムです。(CD化はされていません。)

その中で初めてクリームの曲と出会ったのですが、どの曲も「ん?」って思った。。
ヤード・バーズなんて「古っ!化石みたいな音楽」てな感じでした。
でもさすがに「クロスロード」(クリーム)「いとしのレイラ」(デレク アンド ザ・ドミノス)「プレゼンス オブ ザロード」(ブラインド フェイス)には魅かれるものがありましたけどね。

わたしを魅了した曲は、あまり知られていない知る人ぞ知る「テル ザ・トゥルース」(シングル・バージョン)だったのです。

この曲はなかなか聴けないですよ。
デビュー25周年を記念して製作されたアンソロジー・ボックス『エリック・クラプトン・クロスロード』に入っています。

この曲は、ギタープレイはさほど大したことはないんだけど、クラプトンの声が最高です!
シャウトしてます!この男くさい大人のシャウトに魅了されてしまいました。

「まじか!かっけええっ!」って。笑
ビートルズのシャウトとは一味違う、青くない枯れた声。男の人生を感じさせてくれる大人な声。
(実はドラッグと酒とたばこのやりすぎ)

一番初めにクラプトンに惹かれたのは、ギターではなくボーカルだったのです。

そして、この曲が入っていたアナログ・レコード『ヒストリー・オブ・エリック・クラプトン』のジャケットの裏面もまた魅力的でした。
クラプトンの大きく変貌していく姿が9枚の写真で表されていました

「これ本当に同一人物?」って思うくらいの変わり様。

しかも、どの写真もめっちゃかっこいい!
ここからわたしは、本格的にクラプトンファンの道を歩んでいくのであります。

 

クラプトンの音楽性

クラプトンの音楽のルーツ

クラプトンの音楽のルーツはブルースです。

クラプトンが加入した初めてのバンド「ヤード・バーズ」は、リズム アンド ブルースやブルースを演奏するバンドでした。

ビートルズの影響もあってか、ポップス路線で売り出そうとしたバンドの方向性を嫌って、クラプトンはバンドを脱退してしまいます。

この逸話から、純粋にブルースを追及していこうとするクラプトンの姿勢が窺えます。

お金や名声よりも音楽性を優先させたクラプトン。生き方としてかっこいいですよね。

ヤード・バーズのボーカリスト、キース・レルフはこんなことを言っています。
「彼は大変なブルース愛好者だから、我々のような素人に下手に演奏されるのが我慢できなかったんだと思うよ」
クラプトンもまた当時のことを振り返ってこのように語っています。
「フレディ・キングのバンドかバディ・ガイのバンドに入りたかった。そういうバンドだ。・・本物さ。白人ロックのバンドになんかいたくなかった。黒人のロックバンドにもいたくない。求めていたのは黒人のブルースバンドだ。」(1994年)

そしてクラプトンは、ブルースしか演奏しないバンド、ブルース・ブレイカーズに加入し、ギターの神様とまで称されるくらいギターのうでをあげることになるのです。

マジかっこいい!

クラプトンはインタビューで「ジョン・メイオールと組んだのは、俺にはピッタリだった。彼はブルースのバンドをやっていて、当時の俺は純粋主義者だったから」
「あの頃の俺にとって音楽といえばブルースしかなかったし、他の何もが気に入らなかった。」と語っています。

やっぱかっこいい!

 

さて、音楽ファンの間には格の序列があるように思います。

クラシック→ ジャズ→ プログレシヴロック→ ブルース→ ハード・ロック・ヘビー・メタル→ カントリー・フォーク→ ロックンロール→ ポップス これは私見ですけど。

こうしてみると、尺度はどうやら楽器演奏のテクニックとアダルト性(大人な雰囲気の度合い)にあるように思います。

みなさんはどう思われます?
ただしこれは大変乱暴で大雑把な分け方です。音楽はもっと複雑で多種多様になってきてますから。

それでも、大雑把な私見からみるとブルースは結構な位置にあります。
ブルースを聴いていると言ってバカにする人は誰もいませんから。しかし、黒人ミュージシャンの演奏する混じり気なしの本物のブルースは、好き嫌いが分かれる。

ブルース・ロック好きは多いけどね。
このちょっととっつきにくいブルースを洗練させて世に送り出してきたのが、エリック・クラプトンだと思います。

クラプトンを聴くということは、ブルースのテイストを味わうということになるとも言えるわけです。

1991年、クラプトンは4部構成のライブアルバム『24ナイツ』を発表します。

このアルバムでは、2部がバディ・ガイ等のブルース・マンとのセッションになっています。
クラプトンファンであることを公言し、クラプトンの2枚のアルバム『ビハインド・ザ・サン』(1984年)と『オーガスト』(1986年)のプロディースを手掛けたフィル・コリンズが、このころのクラプトンに対して「ベルサーチを着てブルースを演奏するのはおかしい」と言っちゃったものだから、さぁ大変。笑

クラプトンは激怒して二人の仲も終わっちゃったとか。

まあ、いいんですよ。クラプトンはそれで。
クラプトンがベルサーチを着てロイヤル・アルバート・ホールで洗練されたブルースを演奏するということは、ブルースという音楽ジャンルをメジャーに押し上げていることになっているんだから。

でも、もしかしたらコリンズみたいに「あんなのはブルースじゃない!」っていう人もいるかもしれませんね。
だからわたしは「ブルースが好き」とは言わずに「クラプトンが好き」と言うことにしています。

 

 

レイド・バックサウンド

ロック史に残る名盤『いとしのレイラ』の後、クラプトンは聴衆の前に姿を現さなくなり、姿を消してしまいます

そのころのクラプトンは、深刻なドラッグ中毒に陥っていたのです。

親友ジョージ・ハリスンの妻との許されざる恋、心を許し合った友ジミ・ヘンドリックス、デュアン・オールマンが次々とこの世を去ったことなどがその原因としてよく知られています。

クラプトンは3年間、隠遁生活を続けます。
(実は2回だけステージに立っています。1回目は1971年、ジョージ・ハリスンに頼まれて出演したバングラデシュ救済コンサート。2回目は1973年、ピート・タウンゼントに引っ張り出されてしかたなくステージに立ったレインボー・コンサート)

そんな中、もう復帰不可能と思われていたクラプトンは、復帰第1弾アルバム『461オーシャン・ブールヴァード』(1974年)を発表します。

このアルバムに対する期待は大きく、クラプトンファンばかりではなくロックファンの多くがクリームのような、あるいはそれを凌ぐようなサウンドを期待しました。

「どんな鋭いギタープレイを聞かせてくれるんだろう」と。

“ギターの神様復活”に胸を膨らませたのです。

が、このアルバムには鋭いギタープレイなどどこにもありませんでした

それにもかかわらず『461オーシャン・ブールヴァード』は、英国1位、米国3位と大ヒットを記録するのです。

しかも、シングルで出したボブ・マーリーのカヴァー「アイ・ショット・ザ・シェリフ」は、クラプトンに初の全米No.1の栄誉をもたらします。

何なんでしょうこの現象は。
わたしも初めてこのアルバムを聴いた時「期待を裏切られた」と思ったけど、結局このアルバムは何度も聞き返し、やがてはお気に入りの1枚になっていました。

何度聞いても飽きが来ない。そんな魅力がこのアルバムには確かに存在します。

マイアミの青い空と海。
(『461オーシャン・ブール・ヴァード』というタイトルは、この時ホテル代わりにしていた家の住所)

クラプトンのヴォーカルもギタープレイも、力まず実にリラックスしてゆったりしています。
この時の大らかなクラプトンの心が、ヴォーカルやギタープレイからジンワリ伝わってくる。

これがレイド・バックサウンドです。

レイド・バックとは、これでもかとばかりに全力を出し切るのではなく、やろうと思えばできるんだけど、6~7割の力で余裕をもってプレイすること。

その神髄は「気負わず、必死にならないこと」です。

もはや“ギターの神様”なんて言われたくもないし、テクニックを見せつけて周りをギャフンと言わせてやろうなんて野心はこれっぽっちもない。

ただ余裕をもって音楽を楽しみたいって感じです。

「何なん、この自堕落なおっさんは!」と思う人もいるかもしれませんが、レイド・バックサウンドにはリスナーをひきつけて止まない魅力が確かに存在します。

その確たる証拠が『461オーシャン・ブール・ヴァード』の大ヒットなのではないでしょうか。

クラプトンは、1975年のインタビューで、

「・・・自分をギタリストとして目立たせようとはあまり思わなかった。俺より腕のいいやつがたくさんいたからね。いつだってもっと速く弾けるやつがいる、そうだろう?俺は誰かと競争するつもりはないし、トップになるためにやり方を変える必要があるのならギターなんて弾かない方がいい。」

「・・70年のほとんどは、いわゆるレイド・バック状態で、やらなきゃならないことを最小限の努力で済ませることに満足していた。生きていられたこと自体に感謝していたんだ。無茶はしたくなかった。」

と語っています。

この言葉は、ドラッグ中毒という死の淵から立ち直ったクラプトンが言うから重みがあるのだと思います。
まさに、能ある鷹は爪をかくす、レイド・バックですよね。

ここで、レイド・バック期のおすすめ曲を挙げておきます。

シングル曲も含め、これぞレイドバック・サウンドという隠れた名曲を、わたしなりに各アルバムからピックアップしてみました。

ぜひ、聴くべし!

※付してある番号は、アルバムに入っている曲順です。

☆『461 OCEAN BOULEVARD』(1974年)
7.「Please Be With me」
8.「let It Grow」

☆『THERE’S ONE IN EVERY CROWD』(1974年)
2.「Swing Low Sweet Chariot」
6.「Singin’ The Blues」
7「Better Make It Through Today」

☆『NO REAZON TO CRY』(1976年)
3.「Sign Languege」
7.「Double Trouble」
10.「black Summer Rain」

☆『SLOW HAND』(1977年)
1.「Cocaine」
2.「Wonderful Tonight」
3.「Lay Down Sally」

☆『BACKLESS』(1978年)
2.「Watch Out for lucy」
8.「Promises」

☆『ANOTHER TICKET』(1980年)
2.「Another ticket」

☆『MONEY AND CIGARETTES』(1982年)
4.「I’ve got a Rock’ roll heart」
6.「Pretty Girl」

 

人生の悲哀が音楽に

クラプトンは控えめな性格で、いつもフロントに立ちたがりませんでした。

いつも自分のことを過小評価する人
「歌なんか歌えないし・・」とか「ぼくが作った曲なんて・・」とか。

ヤード・バーズ時代から「メジャーになりたい」という野心さえないような人でした。

1991年のインタビューで「自分は弱い人間だと思いますか?」という質問を受けて、クラプトンは次のように語っています。

「まさしくその通り。みんなぼくの肩をたたいて『君はすごく強いから』なんて言うけど、そうじゃないんだ。遠くへいくにも誰かに支えてもらわないと行けないし、必要な時はいつも助けを求めている。・・・自分が弱いっていうのはつまり、日常の様々な場面で自分の判断に自信がもてないってこと。何が自分にとっていいことなのかわからない。だからしょっちゅう周りの人に聞かなきゃいけないんだ」

それなのに、こんな人なのに、幸か不幸か?
なぜか“ギターの神様”などともてはやされて引っ張り出されるんですね。

クラプトンの場合、自分が望もうと望まなかろうと世間が放っておかない星の下に生まれたんだと思います。

常に脚光を浴びてきたクラプトンですが、私生活はボロボロでした。

親友の妻との不倫に悩み、育ての親(祖父)をはじめ、お互い認め合ったライバルや友人が次々死んでいく。

そのつらさからドラッグ中毒に陥り、死ぬ思いでやっと立ち直ったと思いきや今度はアルコール中毒。

それも病院に通いながら必死で克服するけど、まだ幼い息子(4歳)がマンション(53階)から転落して亡くなってしまう。。

 

何度も自殺を考えたそうです。
こんな人生そうそうないです。
しかし、そんな人生の悲哀をクラプトンは曲にして表現していきます

まずはジョージ・ハリスンの妻パティとの許されざる恋
この恋をきっかけにクラプトンはドラッグにのめり込んでいきますが、不朽の名曲「レイラ」が生まれます。

同アルバムの中のブルースの名曲「愛の経験」もジョージ・ハリスンの妻パティへの愛を切々と歌ったもの。

アルバム『スロー・ハンド』に入っている「ワンダフル・トゥナイト」は、二人の仲が公然のものとなったころのラブラブな頃の曲。

『ジャーニー・マン』に収録されている「オールド・ラブ」は、パティと離婚後に過去の恋として歌われた曲。

元ジョージ・ハリスンの妻パティは、クラプトンの音楽に多大な影響を及ぼした女性と言えるでしょう。

ドラッグと言えば、J.J.ケイルをカバーした「コカイン」(『スロー・ハンド』収録)があります。

「ティアーズ・イン・ヘヴン」は、息子を亡くした悲しみの曲であることは多くの人が知っていますね。

この曲を収録したアルバム『アンプラグド』がすごい。

できに満足していなかったクラプトンは、発売に難色をしめしたそうですが、これが思わぬ大ヒット!
プラチナ・ディスクを獲得します。

クラプトンの『アンプラグド』のヒットにより、多くの大物ミュージシャン達がMTV『アンプラグド』に出演し始めます。

また、ちまたでもアコースティック・ギターが大流行りし、マーティン(アコースティックギターの有名ブランド)からエリック・クラプトンモデルが発売されます。

クラプトンのネームバリューはすごいです!

ちなみに息子コナーのために書いた曲は他に、アルバム『ピルグリム』に収められた「マイ・ファザーズ・アイズ」「サーカス・ハズ・レフト・タウン」があります。

「サーカス・ハズ・レフト・タウン」は、コナーと親子三人でサーカスを見に行った時の事を歌ったものだそうです。

 

さいごに

クラプトンは自分の人生の悲哀を歌に込めて表現してきました。

それがブルースという音楽とピッタリマッチしていきます。

つまり、クラプトンはブルースを通して自分の人生を歌いあげているのです。
クラプトンは黒人ではありませんが、そういう意味で本物のブルース・マンと言えるでしょう。

だからこそ、クラプトンの音楽は人の心を打つのだと思います。

時にはブルティッシュ・ロック、時にはレゲエ、時にはカントリー、時にはポップにその身を置いてきたクラプトンですが、根底にはブルースの血が脈々と流れています

アルバムには、いつも数曲ブルースのカバー曲が入っていることからもそのことが窺えますね。

彼のライブの1/3くらいはブルースですもん!
また、ブルース・アルバム『from the cradle』、ブルースの巨人B.B.キングとの共演アルバム『riding with the king』、尊敬するブルース・マンのロバート・ジョンソンのカバーアルバム『Me&Mr.Johnson』『Sessions for Robert.J』などのアルバムは、クラプトンがいかにブルースを愛していたかを示しています。

みなさんもじっくりクラプトンを聴いて、彼の人生を、ブルースを味わってみてください。

 

ABOUTこの記事をかいた人

リリー

棚から牡丹餅が好きな管理人リリーと桜文鳥の、自由で豊かな生活(を目指す)ブログです。 好奇心旺盛(飽き性)で細かいことが苦手なため、雑多なブログですが、ゆる~く愛を込めて記事は書いていきます。何かヒントになれれば嬉しいです(^^)v 「30代~40代働く女性のためのパワフルビューティコーチング」のコーチもしておりますので、ご希望の方はお申込みフォームからお願いします♪