鬱になりまして-他人の時間で生きている人に忍び寄る病

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この記事は人によっては不快かもしれません。
鬱とか複雑な家庭環境とかが重いと感じる方は読まない方がいいかもしれない。
ただ闇の部分を抱えて生きていることも正直に伝えたいので記事にしています。
読むかどうかは読者の方々で選択をしてください。

わたしは8年前に初めて鬱病になった。

当時の記憶は安定剤や睡眠薬の影響もあってほとんどない。
自分自身を痛めつけて生きてる感覚を確認する日々だったことは覚えている。
何度も死を選ぼうとした。とにかく精神病院へ入院手前の酷い状態ではあった。

そんな目を離せば何をしでかすかわからないわたしを、支え続けてくれた人たちのおかげで1年ほどで復活した。
すっかり治ったはずなのに、まさか再び鬱と診断される日が来るとは思ってなかったのです。

 

異変には薄々感じていたのにスルーし続けたのは自分

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「鬱病です。今の状態では仕事は無理です。明日からすぐに休養してください」

涙が止まらないわたしに医者は、とりあえず一か月間の休職のために診断書を書いて渡してくれた。

「こんなに忙しい時期に?嘘でしょ?なんでまた今頃、鬱病が復活するわけ?」
ショックで頭が混乱した。と同時に「やっぱりそうだったか」とも思った。

病院に行く前に体調不良で二日間休んでいた。
少し疲れてるんだわ。きっと休めば大丈夫だろうと思った。
しかしそれは間違いだった。

 

夜眠れない。
大好きな朝がきても気分が落ち込んで起き上がれない。
虚無感に襲われたり、涙が急にとまらなくなったりする。
過去の嫌なことばかり思い出す。
人と会いたくないし外にも出たくない。

周りの勧めでようやく重い腰をあげて病院へ行ったのだ。
診断結果に怯えていたのかもしれない。

鬱になる原因は環境や人生経験など人によって様々だし、症状の重さも全然違う。
いつ症状が発症したのか?治癒したのか?それも心という見えない形の話なのでハッキリと断言はできないだろう。

ただ発症のきっかけ、引き金はあります。

わたしは4月、想像を超えた仕事の忙しさとプレッシャーがそれだった。
体は一つしかないのに仕事の種類と量は多く、食事どころか水を飲む時間もないほどで毎日が息苦しかった

立ちくらみやめまいがひどくてうずくまることも増えた。
それでもわたしが司令塔。倒れるわけにはいかない!ピークが過ぎるまで頑張ろう!と踏ん張った。
しかしわたしの管轄はどんどん繁盛して、忙しさのピークは終わりが見えなかった。
一人では限界で何度も応援を頼んだが、「二人体制は認めない」という社長のお言葉を忠実に守る上司からは、期待した答えは返ってこなかった。

そんな追い詰められた状態が3か月を超えた頃、ついにわたしの中で何かが壊れたのだ。

「なぜもっと早く休まなかったのか?転職を考えなかったのか?体に異変が出てたのに無視し続けたのか?」

後悔しても鬱になったのだからもう遅い。

そして一か月の休職期間が始まった。

変わってると言われたくない事情

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物心ついた頃から「変わってるね」とよく言われました。
言われ慣れてもう何とも思わなくなっていた。

それが父が死んでから、”変わってる”というワードに敏感になりだしたのだ。
父の死の理由が精神病による自死だったから。

自分には父の血が流れている。
わたしも同じ結末をたどる のでは?と、父の死んだ年齢に近づくのが恐怖で仕方なかった
確かにわたしは喜怒哀楽が激しい。やることがで突発的で大胆なとこもある。
兄弟も闇を抱えている。
妹は(自分は気づいていないが)生前の父の不可解な言動がそっくり。弟は父の死の直前から時間が止まってしまい、中学から引きこもり生活だ。もう30代なのに。

そんな家庭環境を消したかった。
他人と同じように生きてれば何となく大丈夫な気がした。
変わってると言われないように、普通や常識と言われるものに寄っていった。

恐れから本当の自分を抑えるようになったのだ。
それで本音すらわからなくなった

会社で決まってることだし仕方がない。
自分だけが大変なわけじゃない。
理不尽を言うのが上司だよね。
同僚に迷惑をかけては申し訳ない。
慣れ親しんだお客さまのために無責任なことをしてはいけない。
正社員で働けることはありがたい。

そう自分に言い聞かせた。
とにかく良いところを無理矢理でもみつけるか、波風立てずに我慢するのが大人な対応だろうと思い込もうとした。

だから病気になったのだ。

だって本音じゃなかったから。

常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションである。
                        アルベルト・アインシュタイン

 

違うと思ったことはやりたくないし、相手にもちゃんと伝えたい。
仕方ないで片づけたくない。他人の理不尽な指図やしがらみで生きてたくない。
誰が作ったかわからん常識の囚人になりたくない。もっと深く息がしたい!

再び鬱になってようやく取り戻した本音。

鬱と診断された日に止まっていた「自分の時間」が動き出した

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今まで本当にやりたいことではなくて、言われたことを卒なくこなして、無難な選択をしていた。
実際やりたくないことが8割だっただろう。

それは他人の時間を生きているということだ。

わたしは精神病だった父と同じかもしれない。違うかもしれない。それはわからない。もはやどっちでもいい。怖さから身を守るために人と違うところを見せず、本音で自分の時間を生きなかった結果が鬱だから。
現在は医者と相談をしながら治療を始めています。薬中心の自宅療養です。

・とことん休養する。嫌なことを考えるくらいなら寝てしまう
・仕事や未来への悩みはまず置いておく
・やりたいと思ったことは素直にやってみる
・やりたくないことを無理にしない。断ち切る勇気を持つ
・自分の本音と向き合う
・休職したこと、周りへ迷惑をかけたことへの罪悪感を持ち過ぎない
・焦らない。金銭的に不安なら傷病手当金を申請して、徹底的に治療にあたる

心の病は正直に生きなかった結果です。
世間がどう思うかを優先して、やりたくないことを我慢し続けたからです。

本音で生きて、やりたいことを優先していたら心は生き返ります。

それって我儘ですか?無理だと思いますか?現実を見て大人になれよと言いますか?
そうかもしれない。

ただ、わたしの人生の責任を他人が負ってはくれませんよね。
誰に何と言われても、自分が自分の最強の味方であり、とことん愛して守らないといけません。

わたしは父の死のトラウマ、大切な人たちを若くして亡くした苦しい過去を抱えて生きています。
”変わっている自分”と家庭環境を受け入れて、常識と比較することなく自分の時間を生きます。

鬱は様々な要因が重なり合う複雑な病気です。だから乗り越える苦しさが大きい。
世間からの冷たい目を辛く感じている人もいるはずです。
先が見えなくて不安でいっぱいかもしれません。
もうそんな感情すらないほど無気力状態かもしれない。

でも本気で乗り越えたいなら必ずできます!
鬱病になったことは、あなたの人生で意味がある経験だったと思える日が来ます。

さいごに

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病気をすると究極に価値あるものを再確認します。
これさえあれば生きていけると痛感するもの。

それは、

お金や地位や名誉じゃない。
世間体や常識でもない。
家やブランド品や上辺の人間関係でもない。
心の底から信頼できる人です。

わたしは母と親友にどれだけ助けられたことか。
どん底に落ちても味方でいてくれる。
自暴自棄になっても、ただ静かに側で見守ってくれる。

がむしゃらに這い上がろうとすると、どこからともなく手を差し伸べてくれる人がいる。
応援して支え続けてくれる人が現れる。

その存在は言葉に表せないほど大きい。
人生で必要なものはそれで十分だ。

鬱だからと引け目を感じたり、必要以上に隠さなくてもいいです。

助けが欲しいときは恥やプライドなんか捨てて、「助けてください!」と素直に言ってください。

多くの人に迷惑をかけると思います。
でもそれは、病気が快復してからありがとうの気持ちを返せばいいことです。
そして誰かが自分と同じ目にあったときには、迷わず手を差し伸べてあげられる存在になれたらいいじゃないですか。

わたしもあなたも一人じゃないです。

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リリー

棚から牡丹餅が好きな管理人リリーと桜文鳥の、自由で豊かな生活(を目指す)ブログです。 好奇心旺盛(飽き性)で細かいことが苦手なため、雑多なブログですが、ゆる~く愛を込めて記事は書いていきます。何かヒントになれれば嬉しいです(^^)v 「30代~40代働く女性のためのパワフルビューティコーチング」のコーチもしておりますので、ご希望の方はお申込みフォームからお願いします♪